2009/1/21
カテゴリ: SMO, 3- ブログ — パシフィカス @ 8:21:28

ブログだからって何でもありじゃない

ブログ=個人の日記というイメージを抱いている人は今でも多いでしょう。しかし、日記とブログの大きな違いはインターネット上に公開されているという事です。

アクセス数が少なく何の反響もないと、このブログなら何を書いても良いという錯覚に陥りますが、それはとても危険な誤認です。

問題が起こったら記事やブログ自体を削除すれば良いと思っている人も多いのかもしれませんが、検索エンジンのインデックスが高速になり、ページを丸々保存しておく事が可能なウェブ魚拓などの登場により、ブログと言えども「公開=責任」という式は成り立ちます。

守秘義務って一体

ストーカー相談、ブログに記載 弁護士を業務停止1カ月

弁護士会によると、遠藤弁護士は平成18年9月、佐賀県の女性からストーカー行為の相談を受け、相手の男性に対する警告などを引き受けた。

男性と直接面会した後に「本当の被害者は男性と言った方がよさそう」とブログに記載したという。

この件に関しては、依頼された女性に対する何かがあり確信犯的なものだったのだとは思いますが、立場上絶対にブログに載せてはいけなかったという事は間違いありません。

守秘義務が無い立場のブロガーによるイニシャルトークであったとしても、ローカルでしか知りえない事実をブログに載せるときには注意が必要です。たとえそれがポジティブな内容であったとしても、書かれた本人が必ずしも良い印象を受けるとは限りません。

記事パクリブログ

パクリブログや、RSSフィードから記事を全文載せるようなサイトが増えた事で、記事を盗用することに対する罪悪感が薄れているような気がします。

昨年話題になったTV局アナウンサーの盗作ブログ美人カリスマトレーダーの盗用騒動にしても、ブログやメルマガだから大丈夫という感覚があったのかもしれません。しかし、バレる可能性でいったら他の媒体に比べ、不特定多数が閲覧でき、簡単に検索できるウェブの方が遥に上のような気がします。

美人トレーダーについては最近また盗作疑惑が出ているようですが、「5000億円とGマック」というキーワードが一致したというだけで他記事の盗作と言われてしまうのは少しかわいそうな気がします。

人間の知識なんて所詮、色々な所からの情報を寄せ集めたものなのだから、その人(情報元)特有のキーワードや言い回しが頭に残ってしまい、自分が記事として書いた場合にその一部が出てきてしまうという事は良くあることでしょう。

今得たばかりの情報をあたかも自分が見つけたかのように公開することはどうかと思いますが、時間が経っていつどこから得たものなのかも定かではないような情報に関してはもう、それが正しい知識であれば受け売りだろうと自分の知識として発言しても良い、というかしょうがない事だと思っています。

このブログに関しても、情報元の記憶があるうちはなるべくリンクを張る様にはしていますが、少し探しても見つからない場合には、記憶にあるものをそのまま使ってしまい、この部分パクリでは?と思われてしまう事もあると思います。

大して調べもせずに長期記憶にしてしまった自分が悪い事は明白ですが、上記の「5000億円とGマック」という程度であれば「盗用ではなくどこからか得た情報の一部が頭に残っていた」といった感じなのではないでしょうか。

ただ、本当にそのつもりが無かったのであれば良いのですが、見た記憶があるのに「盗作騒動再び」になるのがイヤだから、そんなブログ見たこと無いし知らないといったような発言をしているのであればやはり根本的な何かがズレているのでしょう。

本名や顔写真を晒す必要は無い

ブログの信頼度を上げるためか本名を出すブロガーが増えていますが、個人ブログであれば特別な理由が無い限り本名を晒す必要は無いでしょう。

本名だからと言ってそのブログの質が良くなるわけではありませんし、ほとんどの場合その名前が本名であるかは本人とその周辺の人にしか分からない事です。

冤罪や被疑者の時点で名前がネット上で広まってしまい、それが今後の人生を左右されてしまうといった様な事は良くある事で、そういった可能性を自ら広げる必要性はないでしょう。調べようと思えば何でも調べられるのがネットの良い所でもあり悪い所でもあります。

本名の他にも自分が関わっている企業名や地域名などの固有名詞を出すときには注意が必要です。今は何も無くても将来にそれが問題になる事もあるわけで、ましてやネガティブ記事+実名や企業名を許可無く載せる場合には、たとえそれが事実であっても名誉毀損になる可能性はあるわけで、責任とそれなりの覚悟を持つべきでしょう。

ECサイトの場合、運営者の顔写真を載せることにより売上げが伸びたという事例は良く見聞きしますが、情報の公開が必ずしもプラスになるとは言い切れません。

情報を公開する事により運営者側の責任が増すというメリットはありますが、「信頼度を上げるために情報を公開しよう」というような考え方ではいけないのだと思います。質の伴っていない情報の公開は、訪問者に嫌悪感を抱かせてしまうかもしれません。

顔写真の公開に抵抗が無いのであればまだ良いのですが、Web制作会社に信頼度やコンバージョンを上げる為に、半ば強制的に写真を公開されてしまったという話も良く耳にすることで、いくらコンバージョンに影響があるからと言って写真公開を強要するのはいかがなものかと思います。

ウェブ上に公開された情報は半永久的に残るという事を今一度考え直した方が良いのかもしれません。

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< comments >
  1. 以上に興味深く読ませていただきました。比較的新しい媒体であるインターネットの「利用の仕方」はこれからしっかり議論されるべきことですね。

    インターネット以前は、不特定多数に言論を発信するというのは、選ばれた人々だけのもので、そういう人々はそれなりの知識もあって、発言することにともなう「責任」も熟知していたわけですけども、今はその垣根が低くなり、公共に対して発言することの「責任」を理解しない人でも、だれでもパブリックに配信することが可能になった。

    著作権の問題なんかも、実際は高校や大学でレポートを書くときなんかに、ちゃんと引用法は教えられているはずなのに、垣根が低いあまりにこれもないがしろになっている。

    こういうことが問題になってくると、ネット上での実名化などの議論になって、個人配信の垣根を上げようなんてことも言われるわけですが、ぼくは、せっかく下がった垣根をまた上げてしまうよりも、学校などでちゃんと「ネットでの責任」「ネットでの情報発信の仕方」を教育することを考えたほうがいいと思う。

    コメント by 清音 2009/1/21 13:08:41

  2. 確かに誰もが書きたいことを書ける手軽さがブログなどの良い所でもあり、なんでもかんでも規制することはプラスには働かない事なのでしょう。

    問題が発生したから次からは規制するという流れは好きではありませんし、それでは結局「いつか来た道」の繰り返しになってしまうのでしょう。

    仰るように「責任」や「配信の仕方」を教育することはとても大切な事ですが、小学生によるネットが原因での事件が見られるように、リアル社会での人間関係の構築も間々ならない時点で、ネットに深く入り込んでしまえるという状況ではそれも難しいのかもしれません。

    学校による教育の前にまずは親による教育だと思いますが、今の小中学生の親にあたる30代、40代の人たちは、以前よりは確実にネットに触れやすい環境にあるにも関わらず、思春期や多感な時期には接してこなかった世界だけに完全に理解することは難しいのが現状なのだと思います。

    しかし、やはり子供に教育するためにはそれを理解する必要があり、もっと積極的にネット世界に参加する気持ちがあっても良いのではないかと感じています。

    興味を持てば通常得られる量の何十倍もの情報が頭に入れられてしまえる環境が身近にあり、成長しきっていない状態ではどう考えてもキャパオーバーとなってしまうわけで、必ず歪は生まれてしまいますよね。

    子供のときからネットに触れている人たちが親になる頃には、ネットがもっと日常に入り込んでいると思うのでこういった問題も解決されていくのかもしれませんが、親はほとんど知らないのに子供はかなり知っているという乖離率が激しくなっている今がピークなのかもしれません。

    なんか考えがまとまりませんが、一度もパソコンに触れたことが無い同世代の人もいるわけで、すぐに答えを出すことはできない難しい問題だと思います。数年後には携帯の様々な問題と共に時代が解決してくれているのかもしれません。

    コメント by パシフィカス 2009/1/21 13:34:53

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